アメリカ海軍について
アメリカ独立戦争中に設立された大陸海軍を起源としている。大陸海軍は、1775年10月13日の大陸会議によって、設置が承認された。イギリス陸軍への軍需物資を搭載した輸送船を妨害するために、2隻の武装船を準備したことから始まっている。1789年に批准されたアメリカ合衆国憲法は、議会に「海軍を提供し養う」ことの権限を与えた。これに基づいて議会は、6隻のフリゲートの配備および艦への人員配置を命じた。6隻のうちの1隻であり、「オールドアイアンサイズ」として親しまれているコンスティチューション(USS Constitution)は、今日でもボストンに保存されている。なお、コンスティチューションは現在でもアメリカ海軍の現役艦である。
アメリカ独立戦争中に艦船数は50隻を数え、最盛期には20隻以上が活動していた。その後、大陸会議はアメリカ独立戦争の終了に伴い、大陸海軍の艦船を売却し人員を復員させたため、海軍は解散した。
1794年になると、ヨーロッパでの政情不安に伴い、商船の航行に不安が生じるようになった。そこで、憲法の規定に従い、議会は1794年3月27日に6隻のフリゲートの建造を命じ、1797年に最初の3隻(ユナイテッド・ステーツ、コンステレーション、コンスティテューション、USS United States, Constellation, Constitution )は就役した。それらのフリゲートは、1812年の米英戦争において、イギリス海軍と戦闘を行い、それを撃破した。
南北戦争中に、革新的な甲鉄艦の運用を行った。1880年代から近代化により、20世紀の始めには、世界でも上位の海軍となった。その後、第一次世界大戦における活動は相対的に低調だったものの、第二次世界大戦においては、特に太平洋戦線において活動を行い、また戦時の拡張により世界最大の海軍への成長を遂げ日本海軍を圧倒した。
議会が1798年4月30日に海軍省を設立するまで、旧陸軍省 (Department of War) が海軍の事務を処理した。海軍は1949年に国防総省の一部になった。
海軍省の長である海軍長官(文官)は、合衆国法典第10編の規定の下、海軍省の政策を決定し合衆国議会へ報告する義務を負う。又、海軍事務を指揮・監督する権限および義務を負っている。すなわち、海軍省の人員を補充し、組織し、供給し、装備し、訓練し、動員し、復員させ、海軍の艦船、施設、および設備についての建造、支給、修理を監督する。
海軍作戦部長は、海軍の軍人のトップであり、4つ星の将官である大将が任命され統合参謀本部のメンバーとなる。海軍作戦部長は他の統合参謀本部のメンバーと同じく作戦部隊に対する直接作戦指揮権は無く、あるのは海軍省が策定した政策の行政執行権だけであり、海軍部隊の即応状態を直接維持し統合軍に部隊を拠出するまでの責任を負っている。
作戦指揮は、軍最高司令官である合衆国大統領から国防長官を通じて各統合軍司令官に直接伝達される。海軍作戦部長は、陸軍・空軍・海兵隊の参謀総長等と共に統合参謀本部に加わり大統領に作戦上のアドバイスをする立場にある。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
第二次世界大戦から現在 についても調べたいと思います。
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